ニューヨーク州に住む高校2年生のボビー(16)は、宿題の合間を縫って筋トレ系ユーチューブを研究している。それに加えて、週6でジムにも通う。 ボビーの日課は、プロテイン入りのケーキや筋肉増強剤入りのシェイクをむさぼることだ。しかし、ボビーが体作りに励むのは、学校で目立つためではない。目標は別のところにある。TikTokだ。 ボビーはいま、筋トレ動画をTikTokにアップしている。iPhoneを使ってジムか実家のリビングで撮影する。動画のテーマは、「ゴリラみたいな胸筋」「ポパイの上腕二頭筋」をどうやったら手に入れられるか、というものだ。 ボビーのような少年たちは、マッチョな男の画像が氾濫する時代に生きている。興行収入上位を占める映画には、CG加工された典型的なヒーローが溢れる。スパイダーマンやマーベルのような筋骨隆々のスーパーヒーローたちは、その一例にすぎない。 こうした肉体がネット上で称賛されることが、若い男性の自尊心に悪影響を及ぼしている、と多くの医者や研究者は指摘する。若い男性たちは、「自分には何か足りないのではないか」と不安になっているのだ。
男性にみられる筋肉醜形障害の一種
学術誌「カリフォルニア・ジャーナル・オブ・ヘルス・プロモーション」に掲載された2019年の調査では、対象者の11〜18歳の149人のうち、約3分の1が自分の体型に満足していなかった。
完璧さを求めるあまり、「ビゴレキシア」と呼ばれる状態になっていることもある。ビゴレキシアとは主に男性にみられる筋肉醜形障害の一種で、過度にウエイトリフティングをしたり、「まだ筋肉が足りない」という脅迫観念を抱いたり、筋肉をつけるための食事に固執したりする状態を指す。
ギュルツォフと共同執筆者は2020年、男性の体を写した1000件のインスタグラム投稿を分析した。すると、「筋肉質で引き締まった男性」の写真は、体脂肪が多い男性の写真よりも、多くの「いいね」やシェアを獲得していた。
オーストラリアのグリフィス大学応用心理学部の講師、ヴェヤ・シーキスは3年間で、男子大学生303人と男子高校生198人のSNSでの行動についてのデータを集めた。そして、大量のマッチョ体型の画像が若い男性の自信を低下させ、マッチョになりたいという欲求を抱かせる一因となっていることを突き止めた。彼女はこう話す。
「男性が自分の体を『見世物』と思えば思うほど、ネガティブな評価を恐れるようになり、その結果、運動への強迫観念が誘発されます」
小学生がマッチョになるためのアドバイス
体型へのプレッシャーは、早くも小学校からはじまっている。ロサンゼルスの高校生ルディー(17)は、わずか10歳の少年から、「何を食べたらいいか」「逆三角ボディになるにはどうすればいいか」といったアドバイスを求められたこともある。ルディーはこう話す。 2021年夏、ある両親は、13歳の息子にSNSを使うことを初めて許した。母親は言う。 「それによって息子は、タンクトップ姿のインフルエンサーたちの新しい世界を知りました」 それから数ヵ月後、息子は「僕は弱々しい」「ちゃんとした体の大きさじゃない」と訴えるようになったという。父親は、「まだ思春期前なのだから成人男性の体つきではないのに、『こういう外見じゃなきゃ』という基準が信じられないくらい高くなってしまっている」と語る。 2021年に学術誌「ジャーナル・オブ・アドレセント・ヘルス」に掲載された、若年男性の摂食障害に関する調査によれば、16〜25歳までの男性4489人の4分の1が、筋肉量が充分でないと感じていた。また、参加者の11%はクレアチンやアナボリックステロイドなどの筋肉増強剤を使用していた。 もっと身近な例もある。2021年、あるチャレンジがTikTokで流行ったのだが、それはプロテインパウダーを水に混ぜずに飲むというものだった。この行為は、専門家が「息切れや呼吸困難を起こしかねない」と警告を発するほど危険なものだ。
友だち付き合いより筋トレ
ビゴレキシアは、対人関係の問題にも繋がる。過度な運動と食事制限をする若い男性の多くは、友だち付き合いを避けるようになるのだ。というのも、「翌日の筋トレが、筋肉の成長にどう影響するか」を恐れているからだという。メッセージや電話を無視し、車で15分の距離にいる家族と会う時間もほとんど取らなくなった男性もいる。その結果、彼らは孤独や社会不安を訴えるようになる。
前出のボビー(16)も、筋トレをやりすぎることの弊害を経験している。学校での気分は、その朝、自分がどのくらいかっこいいと思えたかで決まる。放課後はジム通いがあるので、友人との付き合いは後回しだ。そして、パーティーに参加しても一晩中こう考えてしまう。
「パーティーに来なければ、いまごろは力こぶができていたかもしれないのに」
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