妻が妊娠したとき、ケヴィン・グリュンバーグは不安になり、怒りっぽくなり、自分の腹が大きくなっているかのような感覚にとらわれた。
グリュンバーグはロサンゼルスの心理学者だったが、誰に助けを求めればいいのかわからなかった。彼は当時、友達にも無視されているように感じていた。一人で打ちひしがれ、男性に妊娠の諸症状が現れるという「クーヴァード症候群」について調べ始めた。
実際の妊娠に似た周期で症状が現れる
2007年、ブレンナンはロンドンの大学附属病院で調査した14人の男性についての研究成果を発表した。妊娠中の妻を持つ彼らは、胃腸の不調、食欲の問題、いろいろな部位の痛みなど、多種多様な症状を体験していた。彼らの多くは、症状がパートナーと連動して起こっていたという。
この論文とそれに続くさらなる研究で、この症候群にはあらゆる症状が含まれるらしいことが判明した。下痢、便秘、脚の痙攣、喉の痛み、うつ状態、不眠、体重の増加、体重の減少、疲労、歯痛、歯茎の炎症などだ。
また、症状は現実の妊娠に似た周期で推移するようだ。つまり、妊娠初期と妊娠後期にひどくなり、多くの場合、子供が誕生した後には治まる。初期にはまったく現れない症状もあれば、分娩後まで続く症状もある。
スポーツ選手たちの「告白」
2019年、NBAのワシントン・ウィザーズの選手ブラッドリー・ビールは、妻が2人目の子を妊娠中、食欲と体重の大幅な増加が起こって疲弊してしまい、パートナーが妊娠しているときにこんなことになって恥ずかしく感じたと公表した。
レディットの「父親準備」の掲示板には、これと似た経験をしたという男性たちの書き込みがあった。「起きたときにものすごく気持ち悪くて、午前中ずっと何も食べられない日が何日もあった」とある投稿者は書いている。
父親になると体が変わる
クーヴァード症候群の説明には、科学の主流派からは外れた仮説が多く存在する。フロイト的な、妊娠に対する嫉妬だという説もあれば、疎外された父親が、自分にも注目するよう熱烈に訴えかけていることの表れだとする、社会心理学的な説もある。
そうした心理学的な仮説では解明できない、これら男性患者の抱える根深い謎が示すのは、より根本的な事実である。
それは、父親になるとその人のアイデンティティ、感情、ホルモンバランスまでもが変わるということだ。そして、社会はこの変化を理解できていないようだ。
父親になることは、生理的な変化が起こるということでもある。サクスビーの研究によれば、父親になるのに伴って、男性はテストステロンのレベルが低下し、それが父親としてしっかり力を尽くすことにつながっているという。
ホルモンバランスの変化は、父親の体重の増加や産前・産後のうつ状態の説明になりうる。とはいっても、ホルモンのせいでこうした症状が出るのか、あるいはその逆なのかは、まだはっきりしていない。研究はまだ始まったばかりなのだ。
変化する父親像に、社会の対応を
症状の有無にかかわらず、本当に妊娠している男性は今日、存在しない。
だが、これまでの歴史のなかで、せいぜい「傍観者」、悪くて「何もできない人」とみなされていた父親は、今では高い期待を背負っている。
それを踏まえると、男性に起こる妊娠のような症状は、パートナーに共感して起こる痛みでも、家族に注目されようという潜在意識的な試みでもなく、現代の父親が経験することと社会が期待することの間の不協和音が、身体に表面化したものではないだろうか。
医者が女性をヒステリーと診断していたことを、みんなが回顧するのと同じように、曖昧な症状と心身症的な根源をもつクーヴァード症候群という診断を、社会が懐かしく振り返る。いつか、そんな日がくるのかもしれない。
社会の変化とともに、医学の枠組みも変化していくはずだ。
イベント参加はこちらから。 ↓ https://peatix.com/group/7228383
Comentários