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執筆者の写真Shunta Takahashi

「香りのビジネス」はビッグデータの活用で“変貌のとき”を迎えている【クーリエ・ジャポンからの抜粋-Vol.156】

パンデミック以前、アメリカでは甘い香りが人気を博していた。フルーツや、さらにはキャラメルといった甘い香りのシャンプーや洗剤などだ。しかし、このトレンドに変化の兆しが見える。パンデミックによって、自分の体や服から家の中まで、人々の香りへの「嗜好」が変わったのだ。


いまや消毒用アルコールの香りは、シトラスやメントールのように衛生的な香りとして大衆に定着した。


人の香りへの好みは変わり続けている。ゆっくりながらも、その変化は大きなビジネスチャンスになる。ほとんどすべてのものが香りづけされているからだ。


食品業界にも影響大の「香りのシリコンバレー」


ジュネーヴの郊外、ベルニエとサティニーの間にある地域に行けば、いかに香りが“儲かるビジネス”であるかがわかる。同エリアを「香りのシリコンバレー」と語るのは、フィルメニッヒ社の最高経営責任者であるギルバート・ゴースティンだ。同社はジボダン社と並び、この地域で世界の香りに影響をおよぼしている。


ジボダン社とフィルメニッヒ社は、どちらも収益の年平均成長率が10年連続で約5%を記録している。パンデミックによる影響はほぼない。


ジュネーヴ郊外の研究所には、何十台もの洗濯機で埋めつくされた部屋がいくつもあり、さまざまな洗剤や香りが、一定数の下着、タオル、Tシャツで試されている。ほかの部屋には、洗濯物が乾くと新しい商品がどのように香るかを調べるため、物干しがずらりと並んでいる。

世界中の「香りの好み」をビッグデータ化

しかし、この2社が持つ最大の強みは、消費者が何を求めているかをわかっていることだ。

2021年7月、フィルメニッヒ社は「セントメイト」というポータル・サイトをローンチした。このサービスにより、消費者は、希望する香りのキャンドル、粉末洗剤、クリームをわざわざ高い代金を支払って調香師に問い合わせずに済むようになる。フレッシュな香りが良いか、強い香りが良いかなど、自分の好みをアップロードするだけで、アルゴリズムが数多くのおすすめ商品を教えてくれるのだ。


セントメイトのローンチは、グローバル化が進むなかで特に大きな意味を持ち、業界の成長につながる重要な推進力となる。どの商品をどれだけその土地の文化的嗜好や期待に適合させる必要があるかを見極める力が、重要性を増しているためだ。

たとえば、自然乾燥させた衣類や都会の喧騒から離れることを連想させる香水は、イギリスとタイではまったく異なるものになるだろう。

AIに嗜好を縛られる人が生まれる可能性も

そのため、セントメイトではニーズに沿った香りを薦められるよう、消費者が居住地域や価格などについても明記できる。これは、世界中で次々と集めている消費者データが後ろ盾となっている。ジボダン社でも、自社の香りを売り込み、そして売り上げにまでつなげる手法を変革するには、データとデジタル化が重要だと認識している。


たとえば、この香りのビッグデータからは次のようなことがわかる。


・高級化粧品に含まれるクローブの香りが、流行に敏感なイースト・ロンドンの人々から人気を集めていること ・彼らの香りの嗜好は、ベルリンの類似した属性の人々の流行を先取っている傾向があること ・より広域な消費者市場で流行するまでに2年のタイムラグがあること


決して、調香師という職業が不必要になったと言っているのではない。上質な香りについて言えば、調香師は、これまで以上に稀有で挑戦的な香りの調達を強いられている。独自性と独創性は、エリートステータスの象徴であるためだ。


このことから、AIやビッグデータがより広い範囲で私たちの生活に影響を与えるという可能性も見えてくるだろう──将来的に、独創性を発揮できる人と、アルゴリズムによって嗜好を模られる人という、大きな社会的格差が生まれるかもしれない。

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