「キットカットの旅」で「分断の時代」のアイデンティティを考える【クーリエ・ジャポンからの抜粋-Vol.6】

今回はキットカットを題材にフィナンシャルタイムズが食べ物のアイデンティティについて解説をしている内容だ。


一般的に食べ物や飲み物って、自らの独創性(もしくは民族的な一体感)を明確にするものだと言われている。たとえば、ホットドッグは「アメリカ的」で、スシは「日本的」など。


しかし実際問題、どこの国のものかという「ラベル」が強い場合はあるけれども、飲食物自体は世間が考えるほど固定的ではないらしい。逆にいえば、我々が住む世界では、アイデンティティというのは驚くほど流動的で、曖昧であるということを食べ物は物語っている。

例えば、コカ・コーラのボトルはどこにでも存在するが、特定の文化のなかではメーカー側が想定しているものとはかなり違った意味を持ち、違った使われ方をされている。


具体的にはロシアではしわ伸ばしに、バルバドスでは銅を銀に変えるのに、ハイチでは死者を蘇らせるのに使われているそうだ。


キットカットの日本におけるイメージについて


キットカットは、従業員が「かばんに入れて職場に持っていけるような」お菓子を開発したらどうかと発言したのをきっかけに、1930年代にミルクチョコレートがけのウエハースとして発売された。


戦後、「イギリス最大の小さなお菓子」という謳い文句のキットカットは、売れに売れた。「Have a break, have a KitKat.」という1950年代後半に生まれたスローガンは世界的に有名なスローガンになっている。


キットカットが日本に上陸したのは1970年代。海外旅行で舌の肥えた消費者向けの、エキゾチックな「イギリスの」お菓子として販売された。


「このメッセージの中心にあったのは、イギリス的なコンテクストのなかで日本人がいかに生活をエンジョイできるか、ということでした」


しかし、、キットカットは「グリコ」などの日本の菓子メーカーを相手に苦戦を強いられた。キットカットは外国のお菓子だと思われていたので、それほど一般受けしなかったからだ。


キットカットの日本の立ち位置が変わった!


2000年代前半、当時ネスレ日本の管理職だった石橋昌文とその上司の高岡浩三は、12月と2月に九州でのキットカットの売り上げが跳ね上がると耳にした。


「キットカット」は日本語の「きっと勝つ」(九州方言の「きっと勝っとお」)みたいだということで、受験の合格祈願のお守りとしてプレゼントしあうのが10代のあいだで流行っていたのだった。


そこで高岡と石橋らは、このお遊びを利用して九州以外でも流行らせようという、巧みな戦術に打って出ることにした。


宣伝材に「キット、サクラサクよ。」のフレーズを入れて、入試の会場近くのホテルに依頼し、このキャッチコピーが印刷されたポストガード付きのキットカットを受験生に配布してもらった。

それが、うまくいったのである。キットカットの売り上げは、日本全国の10代のあいだで爆発的に伸びた。キットカットが幸運の印として、神社やお寺のお守りの代わりとなったのだ。


2003年1月の世論調査で、日本の10代の34%が「お気に入りのお守りはキットカットだ」と答えた。神社の神職がお祓いした「真正の」お守りに次ぐ多さだった。

このように日本独自のマーケティングという手法を用いて、キットカットは日本においてはお守りという立ち位置を確立したのである。


だから食べものに限らず文化やイメージというのは変わるものである。それを知っているかどうかということは人生においてそこまで重要ではないかもしれないけど、頭の片隅に置いておくといつか役に立つのではないだろうか?


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