1年前の「モデルナ」は、儲からない企業だった。市販製品はなく、有望な技術はひとつあったが、まったく実証されていなかった。開発中の試験薬やワクチンで、大規模な臨床試験を完了したものもなかった。
メッセンジャーRNA(mRNA)ベースの新型コロナワクチンが第III相臨床試験に入ろうとしていたが、それが従来の確立した技術にどこまで肩を並べられるかという点で、専門家の見方は分かれていた。
そのモデルナが2021年は、10億回分の新型コロナワクチンを供給し、190億ドル(約2兆800億円)の収益を上げる可能性がある。既存の大企業による買収もなく、利益分割の対象にもならずに成功した、珍しいバイオテック企業になったのだ。
モデルナと、mRNA分野での最大のライバル「ファイザー」と「ビオンテック」のチームによるワクチン開発のスピードは、パンデミック終結を目指す戦いに大きく貢献してきた。
mRNAワクチンは有効性が高く、安定供給が可能で、安全性への目立った懸念がないので、少なくとも入手可能な国では最適なワクチンになっている。
mRNAワクチンを生んだ研究者、カタリン・カリコの成功の裏にあるもの
「ワクチン市場をひっくり返そうとしている」
だが、モデルナCEOのステファン・バンセルにとって、新型コロナワクチンは手始めにすぎない。mRNAがうまく機能すれば、心臓疾患、がん、さらにはまれな遺伝的疾患まで、ほぼすべての病気の治療薬について新たな巨大産業が生まれると、バンセルは以前から断言している。
モデルナには、この3つの疾患領域すべてで臨床試験段階の薬がある。さらにバンセルは、モデルナが有力なワクチンメーカーになり、ニパウイルスやジカウイルスなどの新興ウイルス、加えてHIVのような対応が難しい、よく知られた病原体のワクチンも開発できると語っている。
過去40年間で、50種類以上の新しいヒト感染症ウイルスが発見された。そのうち承認済みのワクチンがあるのは3種類だけだ。バンセルはこの状況をチャンスと見る。
mRNAワクチンの地位は徐々に下がる
48歳のバンセルは、アイロンがかかった青いシャツを着て、ダークブルーのジーンズに黒いエルメスのベルトをしていた。ランニング愛好者で、じかに会ってみるとウェブ会議でよく見かける姿よりずっとすらりとして見える。
インタビュー中には、何度も急に立ち上がって、ホワイトボードにグラフを書き、新型コロナウイルス感染症アウトブレイクの進行について考えられるシナリオを説明する。
あるグラフでは、季節的な感染の波があり、その波は年々小さくなっていくが、それでもかなりの規模になると予測する。別のグラフでは、ワクチンの効きめが時間とともに弱まる可能性があり、モデルナワクチンのようなmRNAワクチンはいちばんの好位置からスタートするが、徐々に地位が下がると推測する。
そこにある重要なメッセージは、各国が近いうちに3回目の追加接種(ブースター接種)用ワクチンの大量備蓄を目指すとする、モデルナのビジネスの見通しと見事に一致する。
バンセルは言う。
「私には72歳で白血病の母がいます。母にブースター接種なしでこの秋を過ごしてほしくありません」
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