7/18オンライン読書会で紹介された本

コロナの感染がまたまた増える中で、オンラインでの勉強会や読書会は一定のニーズはあるようで、今週もたくさんの優秀な方々に参加頂くことができました!

またシンガポールから参戦してくれる人もいて、今の状況も聞けたのはとても有意義でした。ということで今週も3冊紹介していきます!

幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない


本書は臨床心理学の専門的な内容の本ですが、これまで臨床心理学を学んだ事が無い人でも分かりやすい内容となっています。

内容としては、私たちが幸福を追い求めようとする姿勢が不幸をもたらしてしまう、という矛盾を指摘したものです。では、なぜ幸福を追い求めてはいけないのでしょうか?

私たちの多くが幸福な状態が標準であると思い込んでいます。幸福ではない事=異常な事と思い込み、今が幸福な状態では無いのは自分に欠陥があるからだと思ってしまいます。

こうした満ち足りない感覚はネガティブな感情をもたらします。しかし多くの人がそのネガティブな感情に囚われ、何とかしよう、どうにかしようともがき苦しんでいます。感情は回避しよう、否定しようとすればするほどより強く再生されるので悪循環に陥ります。

本書では生まれてくる感情はコントロール出来ないが行動はコントロール出来るとして、いかに感情に囚われず、目の前にするべき価値のある行動をするかについてACT(アクト)という心理療法の手法を紹介しています。

本書で提唱されている心理療法ACT(アクト)とはアクセプタンス&コミットメントセラピー(Acceptance and commitment therapy)の事で、思考と感情を受容し、自分の価値に繋がる効果的な行動を起こしていくことを目的としています。 つまり、感情をコントロールしようとするのでは無く一旦受け入れて脇に置き、価値を生み出す行動を踏み出していくことがACTです。今ある不安や心配は当たり前の感情であることを認め、ネガティブな感情は人が持つ自然な状態であること前提に行動を起こしていきます。

そしてACTの手続きはマインドフルネスをより身近に実践できる方法として紹介されています。 「今ある感情を受け入れ、目の前のするべき事に集中する」という行動重視の姿勢は考えすぎて悩んで行動を起こせない人にとって大きな助けとなるのではないでしょうか。

イシューから始めよ



本書では、今まであまり着目されてこなかった「本当に解くべき課題なのか」という論点に対して、明確な解を示している内容で、ベストセラーになった本です。

世の中で問題かもしれないと思われているもののなかで、今この瞬間に解を出すべき問題というのは100個のうち2、3個だと著者は語ります。

その中で大事なことは解くべき問題を見極め(イシュー度を高める)、そして解の質を上げていく(仮説ドリブン→アウトプットドリブン→メッセージドリブン)ことなのです。 実は、世の中で問題だと言われているもの、調べてみようと思うことの大多数は、今、答えを出す必要がないもの。そうした「なんちゃってイシュー」。それに惑わされないことが大切なのです。

ある飲料ブランドが長期的に低迷しており、全社で立て直しを検討しているとしています。ここでよくあるイシューは「〈今のブランドで戦い続けるべきか〉もしくは〈新ブランドにリニューアルすべきか〉」というもの。

だが、この場合、まずはっきりさせるべきはブランドの低迷要因です。「〈市場・セグメントそのものが縮小している〉のか〈競合との競争に負けている〉のか」がわからないと、そもそも「〈ブランドの方向性の修正〉がイシューなのか」という判断がつかないからです。 イシューの見極めについては、「こんな感じのことを決めないとね」といった「テーマの整理」程度で止めてしまう人が多いが、これではまったく不足しています。強引にでも前倒しで具体的な仮説を立てることが肝心なのです。

ちなみに、良い仮説というのは答えを出す必要があること、つまり本質的な選択肢であり、深い仮説があること。また答えを出すことができることです。ありふれた問題に見えても、それを解く方法がいまだにはっきりしない、手を付けないほうがよい問題が大量にある、ということを忘れてはいけません。 このようにイシューをどうやって見極めるか?それに対して解の質をどうやって高めるのか?ということを非常に細かく分析して書かれた本なので、ぜひ頭を使って正しい答えを解く力に課題がある人は読まれるといいのではないでしょうか。

ソクラテスの弁明

紀元前399年のこと、ソクラテスはアテネの法廷で訴えられ、裁判によって処刑されました。これについて記したプラトンの著作『ソクラテスの弁明』は法廷弁論の再現という形をとっている対話篇です。内容は、「最初の弁論」「有罪の宣告後の弁論」「死刑の宣告後の弁論」の3部からなります。

自分に罪はないと主張するソクラテスは、法廷弁論として、デルフォイの神託の出来事について語りました。そこで、神託を反駁したい気持ちから智者(ソフィスト)らと問答し、自分より賢い人間を見つけようとしたのでした(問答法)。

ところが、実際に問答してみたところ、智者と呼ばれる人々は、自分の専門分野には詳しいのですが、人間として一番大事なことを知らないということがわかったのです。 そこで、ソクラテスは「自分も何も知ってはいないが、自分が知らないと思っている。ただその点で自分が彼らより賢い」と考えて、神託について納得しました。

こんな問答をすると相手に「無知の自覚」をうながしますから煙たがられます。知らないことをそのまま素直に「知らない」と自覚し「じゃあ何がホントウなの?」と相手に真理を生み出させる(産婆術)のですから、多くの人から憎まれることになったのです。 ソクラテスは、このような信条のもとに、人々と対話する活動を行っていたのですが、判決は死刑となりました。死刑と言っても当時は、牢番に賄賂を贈って国外逃亡すればそれでよかったのですが、ソクラテスは、ど真面目に死刑になってしまったのです。

ソクラテスは有罪投票をした人々に向かって、「ソクラテスを殺して人生の吟味、つまり哲学から解放されたと思ったら大間違い」と語りかけました。

こうしてソクラテスは死んでいくわけですが、その死際まで姿勢を崩さないスタンスを感じることができる古典中の古典なので、ぜひ教養の一環として読まれるといいと思います。 ということで来週もまた開催するので引き続き宜しくお願いします!!

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