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執筆者の写真Shunta Takahashi

マイケル・サンデル「能力主義から離れ、仕事の尊厳について考えてほしい」【クーリエ・ジャポンからの抜粋-Vol.182】

ベトナム戦争真っただ中の1971年、2400人のカリフォルニアの学生を前にロナルド・レーガンとの討論に挑んだ18歳のマイケル・サンデルは、早くも敗北から教訓を得た。現在ハーバード大学で政治哲学を教えるサンデルは、そのときの様子をこう振り返る。


「私は高校時代に培った最高のディベートスタイルでレーガンに容赦なく質問を浴びせましたが、まるで暖簾に腕押しでした。レーガンはどんな質問も軽くかわし、ユーモアたっぷりに自分の見解を披露しつつも、長髪の若造に敬意を払うことを忘れませんでした。


そのときの経験から学んだのは、政治的なディベートは議論の中身で勝つことが主眼ではないということです。ディベートの核心はレトリックであり、耳を傾けることであり、人間的なレベルで相手とつながることなのです」


68歳になるサンデルは、近著『実力も運のうち 能力主義は正義か?』の中で、左右どちらの政治家もあえて疑問を呈しない「能力主義」という考え方に真っ向から挑んでいる。


サンデルは例外だ。「原理そのものに欠陥があります。能力主義にはダークサイドがあるのです」と指摘する。「能力主義には共通善を損なう弊害があります。成功者に自分の成功は自分の手柄であり、市場が与えてくれる巨額の報酬に値するものだと信じ込ませてしまう。」

格差社会を助長

サンデルに言わせると、イギリスのEU離脱や2016年のドナルド・トランプの勝利といった近年の政治的な激動も、能力主義者の奢りが招いた結果だという。


「メリット(有能さ)とメリトクラシー(能力主義)は混同しやすいのです。前者は多種多様な職業や社会的役割において有能な人がいるのは望ましいとする考え方ですが、後者は誰が何に値するかという話です」


サンデルは、アルゼンチンのサッカー選手、リオネル・メッシ──最近パリ・サンジェルマンと9400万ポンドで3年契約を結んだばかり──を引き合いに出して、こう説明する。

「たとえ1日24時間サッカーの練習をしても、私はメッシのようにはなれません。つまりそれは彼の才能や素質のおかげであって、『彼のおかげ』ではないのです。


もっと言えば、サッカーが評価される社会や時代に生きているおかげです。もしメッシがルネッサンス時代に生きていたら、その才能にそこまで需要はなかったでしょう。当時の人々は、サッカーよりもフレスコ画に関心があったのですから」

仕事の尊厳に焦点を

ではサンデルは、政府がいかにして「能力の専制」を終わらせるべきだと考えているのだろうか。

「国民を能力主義的な競争に駆り立てるのではなく、仕事の尊厳に焦点をもっと当てるべきです。職業訓練や技術訓練、実習に対する助成金があまりにもお粗末すぎます。米国では、大学進学者の支援に1640億ドルが費やされている一方で、職業訓練には10億ドルしか投じられていないのです」


「過去30年間、中道左派の政党は労働者階級を失望させてきました。アメリカだけではなく、イギリスやフランスも同様です」。サンデルは失意もあらわに語る。

ジョー・バイデンのこれまでの大統領ぶりをどう見ているか尋ねると、サンデルはこう答えた。


「バイデンは歴代の大統領のように能力主義的な政治志向に陥っていません。それは彼が、36年ぶりとなるアイビーリーグの学位を持たない民主党大統領候補だったことと無縁ではないでしょう」

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