2012年、中国東部・南京市に住む一人の学生がSNSの「Weibo(ウェイボー)」に「さようなら」と書き込み、自ら命を絶った。その投稿には何百万ものコメントが寄せられ、ほどなくしてそこは鬱を抱える人々がオンラインで集う場になった。
ウェイボーのこうした書き込みを人工知能(AI)で検出し、自殺の危険性があるユーザーを特定しているのが「樹洞レスキュープロジェクト」だ。
まず危険を察知したアルゴリズムが、その書き込みにフラグを立て、対話アプリ「WeChat(ウィーチャット)」のグループ機能でボランティアたちに警告を発する。待機しているボランティアは、投稿者にメッセージを送ったり、彼らの親族や雇用主に連絡したり、時には警察に通報することもある。
中国では近年、AIをメンタルヘルスの問題に活用しようとする取り組みが盛んだ。
広東省出身で30年にわたりAIを研究している黄智生は、精神疾患に対する偏見が根強く、2019年の自殺者が11万6000人を超えた中国で、自らのアルゴリズムが助けを必要とする人々を救うのに役立つと考えている。
「ビルから飛び降りる決心がつかない」
樹洞レスキュープロジェクトは2018年に始まった。立ち上げ当時、ボランティアの数はAI愛好家を中心に20人ほどだったが、いまでは中国全土で700人にまで増えた。
黄智生によると、ボランティアが実際に救援できるのは自殺の危険性があるとされる人の10分の1程度で、この3年間で合計1万4000人ほどだ。
プロジェクト初期のあるケースでは、「自殺をする準備のためにいま窓を閉めている」という男性の投稿にフラグが立った。ボランティアは男性が営んでいる会社の電話番号を探し出し、男性の隣の部屋にいた母親に連絡した。息子が自殺をしようとしているという話に母親は激怒したが、息子の部屋に行き、それが正しかったことを知った。
中国ではかつて精神疾患は「ブルジョアの妄想」だと一蹴されていたが、文化大革命以降はメンタルヘルスの問題に取り組む人材やリソースは増加している。とはいえ、世界保健機関(WHO)によると、人口10万人あたりの精神科医の数は、アメリカの10人、ドイツの13人に対し、中国ではまだ2人ほどだ。上海の研究機関は2019年、メンタルヘルスの専門家が少なくとも40万人不足していると発表した。
欧米では実用化されていないワケ
専門家らによると、アメリカでは自殺予知のアルゴリズムはいまだほとんどが研究段階で、実用化されていない。
ハーバード大学ベス・イスラエル・ディーコネス医療センターのデジタル精神医学部門を統括するジョン・トーラスは、AIを使った治療にはアルゴリズムによるバイアスのリスクが少なくないと話す。
事実、樹洞レスキュープロジェクトの黄智生によれば、WHOのデータでは中国の自殺率は女性よりも男性のほうが高いが、彼のAIは女性の投稿にフラグを立てることが不均衡に多いという。
だが中国では、苦しんでいる人々は救いを約束してくれるものなら何にでもすがりたいと思っていると、前出のファン教授は言う。新型コロナウイルスのパンデミック下では、そのニーズがさらに高まっている。
「得られるものは何でも得ようと必死なのです」とファンは言う。
匿名を条件に取材に応じた福建省福州市の高校生は、2年前に鬱病と診断されたが、母親が薬を捨ててしまったと明かした。彼女は最近、過酷なことで知られる中国の統一大学入学試験「高考」で失敗し、涙が止まらなかったという。
彼女は自宅でひとり、ネット上の「樹洞」にこもっている。そこでは少なくとも「みんなが同じようにつらい人生を送っているから」だという。
イベント参加はこちらから。 ↓
Comments