ポール・ダブラウ(41)は、自宅で遺伝子を組み換え、発光するビールを自家醸造するのは違法になるのかと心配していた。この発光ビールの醸造には、クラゲの遺伝子情報を取得し、それをビール酵母に適用し、従来の方法でアルコール発酵させる必要がある。
ダブラウは、バイオハッキングに趣味で精を出すアマチュアのコミュニティを同胞とみなしている。そのようなコミュニティが活気付いたのは、Crispr(クリスパー)をはじめとした遺伝子編集ツールの価格が下がり、入手が容易になったためだ。生物学的な手法による自己改善のため、自前の研究室やコミュニティ施設などで、野放しに行われる実験が激増した。
アマチュア科学者が生み出しかねないバイオテロ
このように自宅のキッチンや車庫などで実験に精を出す「ガレージ科学者」は、ちょっと変わった新しいサブカルチャー集団のように思えるだろう。
専門家の多くが危惧するのは、遺伝子を扱う技術が得やすくなることで、誤用や意図的な悪用が増えることだ。たとえば、良からぬ考えを持つ人々が生物兵器を開発し、特定の対象へ、あるいは無差別の攻撃をする可能性がある。
ダブラウが何よりも心配するのは規制の手落ちだ。彼は何年も前から当局やジャーナリストに対し、自分のようなアマチュアの能力が高まっていると注意喚起してきた。
現在、趣味の範囲で実験を楽しむ人でも、DNAシーケンスの技術を得られるようになっているが、それを使って致死性の病原菌が自家培養される恐れがある。たとえば自然発生する牛痘や他のワクチンの誘導体から、天然痘を作り出すことも可能だ。
イノベーションは独立した組織や人が生み出す
ダブラウが当局の啓発に自ら乗り出したのは、少数者による悪事を阻止したかったからだ。偶然だろうが悪意があろうが、趣味で実験を楽しむ人たちの評価が下がり、試みが一律で禁止される事態は何としても避けたいと考えている。
「バイオハッカーとは、かつて科学者と呼ばれていた人のことです」とダブラウは言う。
「今の学術界では、本物の科学もダ・ヴィンチのような偉業も起こっていません。真の科学者は自宅ガレージでやりくりしながら研究しています」
現代のバイオハッカーの活動は、1970年代から1980年代のシリコンバレーで大学の中退者たちがガレージから起こしたパーソナルコンピュータ革命に似ていると、ダブラウは考えている。ただし、ハックするのはコンピュータのメインフレームではなく、今回は遺伝子だ。
一部のシリコンバレー投資家は、非公式な微生物学イノベーションへの取り組みを受け入れている。そして、遺伝子に手を加えたオーダーメイド治療法を民主的に普及させるうえで重要な動きだと見ている。
ミスリル・キャピタルのベンチャーキャピタリスト、アジェイ・ロヤンは次のように言う。「生物学であれ核融合反応であれ、もっとも興味深いことは陰で起きています。19世紀に世界初のソフトウェアプログラマーとなったエイダ・ラブレス、理論物理学者のフリーマン・ダイソン、インドの天才数学者シュリニヴァーサ・ラマヌジャン、そしてレオナルド・ダ・ヴィンチ──、彼らが皆きわめて強い独立心を持ち、えてして反体制的で天才だったのは偶然ではありません」
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