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使える知識と使えない知識

本を読んだりニュースを見たりしたときに、その内容をしっかりと記憶をして話をできる人を見たときに多くの人は「この人は記憶力がいいからだ!」という判断をする。


それはなぜか?というと、自分自身ができていないことを認めるために才能(先天的な能力)の問題にすることで、自己肯定感を守ろうと無意識にしているからに他ならない。


なぜ、そういうことを思うようになったか?というと、僕自身も、読書会などで得た知識をアウトプットする際、同じ本を読んでいる人が自分以上に内容を理解して話をしているのを見たときに、その人の記憶力がすごい!っていう判断を下していた。そして、今は自分が逆の立場で言われるようになったからだ。


アウトプットの量が全然違う!


僕としては別に記憶力が上がったわけではないけれど、おそらく記憶力がすごいって思われるようになったのはアウトプットの量が変化したからだと思う。


読書会に参加した当初はせいぜいアウトプットをする時間は週に1回程度だったし、読んだ本を紹介する際に毎回違うものを持ってきていた。その結果としてあまり知識として定着していないものをアウトプットしていたので曖昧な状態が続いていたのだ。


それが今は定期的に同じ本を紹介するので、その本に対する知識の定着度合いがすごく高くなって、周辺の知識も合わせて手に入れることができるようになった。


つまり、多くの人は定着していない知識で本を紹介するから内容の抜け漏れがあったけれど、僕自身は何回も発表している内容を紹介しているので、周りから見たらすごくその本を理解している人=記憶力がいい人!っていう風に感じたのだろう。


人は漠然とした記憶で満足している


人間の脳はすごいエネルギーを消費してしまうので、重大だと思うもの以外はなるべく省エネにしようとする特徴を持っている。


その結果、一度得た知識やモノについては、過去の記憶を遡って使い回すということをする。それが曖昧な記憶だったとしても。


例えば自分が毎日見ているスマホの表示画面を絵で描いてみてくださいって言われたとする。すると、毎日見ているはずなのに全然描けない!っていうことがある。


それは漠然とした記憶でモノを見ているからで、それでも問題なく生活できている状態になっているからだ。


まあスマホの画面をちゃんと記憶する必要はないと思うが、それを他の分野でも同じようにやってしまうと、どんなに知識を得たとしても曖昧なままの状態になってしまう。


それなので、しっかりと使える記憶として定着するために同じ本やニュースで得たを何度も

アウトプットすることで同じ時間に得た知識でも全然記憶に残る量が違うのだ。

ぜひ、この点を意識してアウトプットに励むといいのではないだろうか?


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