リンダ・グラットン「いま企業内で“暗黙知”を得る場が消え去ろうとしている」【クーリエ・ジャポンからの抜粋-Vol.89】

長年にわたり、仕事や企業文化・規範を「観察して吸収」する若い人たちを支援する、さまざまな方法について、昨今は状況が様変わりしている。


たとえば数年前、ロンドンの著名弁護士のオフィスでは、角部屋で、街の景色が見渡せる大きなデスクが印象的な法律事務所だった。ただ、壁の一面に沿って小さめのデスクが3つ並び、それぞれに若い司法修習生が座っていた。


「彼らは観察しに来ているから」。観察することこそ、彼らの仕事だった。修習生は電話での厳しい会話に聞き耳を立て、複雑な文書を何時間もかけて仕上げる場面を目の当たりにし、クライアントが抱える問題や懸案事項のヒアリングに同行した。


もちろん、彼らの仕事は「観察者」になることだけではなく、弁護士が彼らに研究テーマを振ったり、書類の下書きを任せたりもしていた。だが、基本的に彼らがしていたのは、観察して吸収することだった。


2021年の春の時点で、この事務所には1年ほど明かりがついていない。弁護士も修習生も、在宅勤務に切り替えているからだ。


暗黙知の継承は終わるのか?


時間をかけて蓄積される暗黙知の継承には、信頼や打ち解けた関係が必要で、踏み固められた道筋をたどる傾向があることはわかっている。


ロンドンの法律事務所は、必ずたくさんの暗黙知を持っていて、在宅勤務下ですたれる可能性はあるものの、利用できる蓄えはある。


しかし、若い労働者や組織に加わったばかりの人たちはどうだろう。入った組織はどういうところか。ビジネスはどのように進めるべきか。真の力の所在は、表向きの序列や肩書の裏側のどこにあるのか。こうしたことを、彼らはどうすれば本当の意味で理解できるだろうか。


若者が学べる場所やプロセスの変化


これらの疑問を検証するための実験は、14ヵ月前ならほぼ実現不可能だった。だが折しもパンデミック下で、それが可能になった。


この1年間で、何十万人もの若い人たちが企業に加わり、オンボーディング(入社後の定着

支援)の場で大規模な実験を行った結果、若者が学べる場所やプロセスを作り出す方法について、多くのことがわかったのだ。


年長で経験豊かな人(通勤距離が長く、自宅に快適な仕事場があり、人脈を確立している)が極力在宅勤務を選択する一方で、若い人(自宅が狭く、人的交流を求めている)が頻繁に出社するようになるのは想像に難くない。このシナリオでは「観察する側」が多く存在するものの、される側はほとんどいない。

「仮想世界の公園」で交流

企業がテクノロジーで革新を図るのは今や当たり前だ。コンサルティング会社プライスウォーターハウスクーパース(PwC)は、この1年のうちにイギリスのオフィスで働き始めた新入社員約1300人のオンボーディングに、プラットフォームや仮想現実(VR)を利用している。


PwCのパートナー、ピーター・ブラウンによると、人との触れ合いに飢えている新入社員は「仮想世界の公園」に案内される。そこに入ると、仮想の講堂で先輩パートナーのプレゼンを視聴したり、VRヘッドセットを使って仮想のカフェバーで新人同士が交流を図ったり、モーターボートで旅に出たりすることさえできる。


「ここでは歩き回ったり、プライベートな話をしたりできる感覚になる。新入社員は、気兼ねなく質問できる打ち解けた空間と感じる」とブラウンは言う。


新入社員の暗黙知を育てる3つのポイント


新入社員が組織の文化を理解し、暗黙知を育てるのに役立つ慣習やプロセスを作りあげる旅は、まだ始まったばかりのように思える。


私が導き出した教訓は次の3つだ。第一に、新人にとっては形式的な研修以外の場面で知識を深めることが非常に重要であり、働き方が変化するなかで、それを見失ってはならない。

対面の機会が減るならば、アルテミスのように会話のキュレーション(情報整理)をしたり、PwCのように仮想空間を作ったりと、積極的に代替策を講じる必要がある。


第二に、観察する・される距離は評価する価値がある。ハイブリッドな職場では、観察する側が出社しても、される側が在宅勤務であることが懸念される。私が間違っている可能性もあるが、この点にも注意を払わねばならない。


第三に、「物事が起きる部屋」にいることは、非常に貴重な経験だ。この教訓は額面通りに受け止めよう。価値ある出来事が起こりそうなとき、最大の恩恵を得られる人が確実にそこにいるようにすべきだ。ジョンソンが言うように、「意図的である」ということに尽きる。

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