知らない人の名前がなんとなく「顔」でわかるのにはわけがある【クーリエ・ジャポンからの抜粋-Vol.47】

「人格と社会心理学ジャーナル」に掲載された論文は、社会が名前に対して持つ「イメージ」が、その名前の人物の「顔」に影響を与えることを示した。簡単に言うと、「私たちは自分の名前に似てくる」ということだ。

人々は、面識のない人物の証明写真を見せられても、その人物の名前を偶然以上の確率で当てることができる。

たとえば、クレールという人物の写真を見せられたとしよう。写真の下には、クレール、シャルロット、アメリ、ジュリーという4つの名前が書かれている。


偶然に、ということであれば、参加者は25%の確率でクレールという名前を選択するはずである。しかし、参加者たちは平均して35〜40%の確率で正解の「クレール」を選んだ。


別の実験では、コンピュータにクレールとクレールでない人の映像をそれぞれ10以上見せた後、10万近くのフランス人の写真を分析させた。すると、それらすべての顔に対して、コンピュータは想定以上に名前を当ててみせたのだ。

「自己成就的予言」は見た目にも

これまでも社会心理学においては、私たちの顔の見た目は「印象」に影響を与えるとされてきた。さらにこの調査によって、その逆も成り立つことが示唆された。他者による私たちの名前に対するイメージが、結果として私たちの顔に表れるということだ。


いったいなぜそんなことになるのか。

仮説では、子供は名前を受け取ったそのときから、その名前が持つ社会的な期待や推察、その両方を背負うことになる。何らかの性格的特徴(たとえば、エロイーズは優秀な生徒、クロエは冗談好きなど) に基づいて、子供が扱われ、育てられるということもあり得る。

名前に対する社会の態度は、名前の持ち主への継続的な圧力となり、その自己認識と、最終的には外見の成長に影響を及ぼす。

この研究の新しい点は、社会でのイメージや固定概念に同化するという人間の傾向が、名前という社会的レッテルを伴って、顔に表れると示したことにある。

「顔・名前効果」の限界

ただし、偶然を超えて、私たちは知らない人の名前がわかるという事実には限界がある。なによりもまず、別の文化に属している人の名前を当てることはできないのだ。

フランス人とイスラエル人の写真を同時に、フランスに住むフランス人の被験者に見せた。

フランス人がイスラエル人の顔からその名前を当てようとした場合、その効果は認められないのだ。写真の人物とその名前を当てようとする人物が同じ文化に属していない場合、正しい名前を当てる確率は偶然と変わらないということだ。

この研究を総合すると、私たちは自分たちの社会的帰属を顔に刻んでおり、自分の所属する集団に認めてもらうため、能動的に顔を変化させるということだ。

子供の名前の選択には、やはり期待と不安が入り混じる。どんな名前を選ぼうとも、その名前はいずれ、子供の顔に刻み込まれていくのだ。

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