自分が好きなことでお金を稼ぐことができたら、どんなにいいだろうか?ということを考えることは誰でもあると思う。
あるいは得意なことが段々と好きになって、結果としてやっていることが好きになるパターンもあるが、いずれにしろ好きなことで稼ぐことができている状態だ。
とはいえ、そういう風に思いながらなかなそういう風になっていない人が大半を占めているのが現状の日本社会だと思う。
それはなぜなのだろうか?
それは、好きなことで稼ぐための対価を払っていないことが原因ではないか、というのが僕なりの仮説である。
好きなことで稼ぐためにはとことんやりきること
好きなことで稼ぐようになるためには、まず絶対に意識しないといけないのは、とことんコミットしてやり切ることだと思う。
人の2倍は当たり前。3倍・4倍も時間と労力を費やす覚悟が必要だ。
土日に遊んだり、アフターファイブを満喫する余裕がないほど夢中で打ち込む。
そうしないと、どんな分野でも突き抜けた結果を出すことはできない。
「好きなことだったらそれくらいのことはできるよ!」
多くの人はそう感じるかもしれないが、人はすでに持っているものを差し出すことに抵抗を感じる生き物だと思うし、たとえ好きなことだったとしても、それしかやらない日々になると、多くの人は途中で飽きてくる。
いくらお肉が好きだからって、毎日ステーキだけだったら、流石に「もういいわ!」ってなるのと同じ感覚だ(これマジで)
土曜日の夜の楽しみにしている飲み会、社外のサークル、恋人とのデート、、、これら自分にとって大事なものを差し出すことができない。
そのためどこかで自分で聖域を設けて、「OO以外は差し出します」みたいな中途半端なコミットメントをすることになる。
そうするとやはり結果も中途半端で終わってしまうだろう。
別に一生そういう状態になれ、とは流石に言わない。
2〜3年間は集中して打ち込む時期が必要だよ、ということを言いたい。 でもそれを経験せずして、自分が得たいものだけを求めるのは、甘いと言わざるを得ない。
やりたいことをやるためにやりたくないことをやらないといけない
また、これも軽く見ている人が多いが、やりたいことをやるには、やりたくないことを人よりも多くやらないといけない。
それができるだろうか?
スポーツで例えるとわかりやすいが、サッカーが好きで、それを仕事にしていくにはランニ
ングや食事制限など、その世界で生きていくのに自分を律することになる。
これをやりたい!って思う人は少ないと思う。でも本当にサッカーが好きなのだったら、それはやらなくてはならない。
もし「カフェを開いて悠々自適に暮らしたい」と思うのであれば、まずは困らないだけの金を作ることだ(カフェだけで生計を立てるのは正直、ムリ)。
このように、やりたくないこともやる覚悟でいることをちゃんと意識しないとダメだと思う。
実際、僕自身も今の仕事はずっと一生これだけをやっていきたい!と思えるもので満足はしているが、じゃあ毎日楽な生活か?というと、決してそんなことはない。
メンタルがやられたり、同年代がやっていることを自分は制限したり、隣の芝生が青く見えることがある。
でも、それを対価として払う覚悟があったし、そんな世の中甘くないっていうことは色々な経験を通じてわかってきたから、やりたくないことを受け入れることができた。
その結果として今の生活があるが、周囲を見回すとあまりにもそういうのを避けてショートカットしたいっていう20代が多い。
僕は、そういう人たちに対して何か気づきになればと思い今回の記事を書いた。
今後、やりたいことで生きていきたいと思うのだったら、このことを深く胸に刻んで欲しいし、ちょっとキツそうだなと思うのであれば、「とりあえず働く」日々を過ごせばいいと思う。
どちらも価値観なので、どっちが良いとか悪いとかという話ではないので笑
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