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世間を知らないということ

30代になって自分が20代の時を振り返ると、世の中のことを全然知らなかったなって感じる。 例えば、大手の企業に入って年収1000万円くらい稼いでいればとりあえずは一生安泰に過ごせると思っていたし、実力や能力さえ身につけていればビジネスの世界でうまくいくと思っていた。


ただ世の中はそんなに単純ではなくて、人間関係を構築することの重要性だったり、能力よりも考え方の方が大事だということだったり、この10年間で自分自身がいかに無知であるか?ということを気付かされることの連続だった。


とはいえ、その中でも自分自身を褒めてあげることがあるとすれば、客観的に自分よりも正しい判断をしている人が自分と異なる意見や考え方を持っていたときに、素直に修正しようという努力をすることができたことかもしれない。


つまり、自分が世間知らずだったということを認めた上で(どうしても納得がいかなかった場合は保留をしていた)、考え方をシフトしていく習慣を身に付けられたことだろう。


評価を正しくできるか?ということの大事さ


そういう意味で、自分自身を客観的に判断することや他人を正しく評価できることっていうのは、これからの未来の選択をする上では必須になってくると思う。 例えば、あなたが営業で目標がいつも未達だったときに常に上位ランカーの人からのアドバイスに対して、「それは自分のスタイルではありません」っていう発言や、「でも、わたし的にはこう思います」っていう反応は一言でいえば、世間知らずと言えるかもしれない。


自分の立ち位置と相手の立ち位置を比べたときに、自分が低い立ち位置だった場合において、素直に受け入れた方が結果が出る選択の可能性が高い。


とはいえ、人間というのはベースには自我があるので、頭ではわかっているけど感情的にはできない!という人が圧倒的に多い。


自分の未来の理想が近くにいるかどうか?


僕が幸運だったのは、たまたま自分が理想とする大人像で、目指した先の人生を体現していた人が近くにいたことが大きかったと思う。 そして、そういう人たちが自分の親と同じくらいの年代の人たちだったので、反対の余地が全くなかったというか、そういう気すら起きなかった。


だから「お前は世間知らずだ」って言われた時も、自分の考えが甘いということを認めることができたし、納得がいかなかったのは自分の考えに原因があるということを思えた。

今思えば、それを20代のうちに経験していなかったら、自分の意見以外は全て間違っているという解釈で、何も成長がない人生を送っていたと思う。


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