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日本人の良くないと思うところ

最近、藤田田さんが書いた「ユダヤの商法」という30年以上前の本の復刻版を読んで感じたことがある。それはユダヤ人と日本人の契約についての価値観について。


その本によると、ユダヤ人は旧約聖書を読めば分かる通り「神」との契約は絶対のものとしてみなされているので、契約に違反することはとてつもなく信頼を損なう行為らしい。


それに対して日本人はそういうことについてうやむやにする傾向があるとのことだった。

僕はその点についてどう思ったかというと、まさしくその通りっていうことを感じた。日本人は空気を読むことを大切にしているので、阿吽の呼吸で相手を理解することを努めるということをすることが大事だったりする。


エビデンスを残そうものなら、「こいつは俺を信用していないのか?」っていう烙印を押されてしまう。その積み重ねがビジネスでの大きな差を生むような結果になってしまったのではないだろうか?


約束を破り続けるとどうなるのか?


日本人がよくやってしまうけど、例えば、「今度ご飯にいきましょう」という社交辞令とか

ってあると思う。でもこれも一種の契約だ。


だから、それを自分では言ったつもりはないけれど、ついそういうことを社交辞令でやってしまい、実際に誘ったりしないと相手が期待していた場合には信頼を損なってしまうことがある。


ちなみにこの点について、サイバーエージェントの藤田さんの本を読んでいて、同じようなことを書いてあったのを見たことがある。


だから僕もそうだけど、次回は会わないだろうな〜っていう人に対しては、ご飯いきましょう〜とかっていうことは絶対に言わないようにしているし、逆にそういうことを言ってきた人が実際に企画をしなかった場合は信用をすることはない(逆に、そういうことを意識する人がほとんどいないので、実際にやる人がいたら、すごく信頼度は上がるけどね笑)。


ちなみにじゃあ誘われたら絶対に会うか?というと、それはケースバイケースということだけ言っておく笑


信頼はスピードを生む


ちなみに信頼関係で構築される関係は、スピードを得ることができるから、色々な面で有利になる。例えば空港でなぜあれだけ検査が多いか?というとテロという不安を抱えているからだ。


もし人間がテロを一切起こさない歴史を持っていたら、検査とはなく素通りでいけるだろう。


校則が厳しい学校は、生徒を信頼していないという前提があるように思う。

このように、信頼を損なうと、コストがかかる(時間的にも金銭的にも)

なので、個人の単位でいかに信頼関係を構築して、スピードを早めることができるか?ということを考えることは大事なのではないだろうか?



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